東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9935号 判決 1976年5月10日
原告 株式会社東京長谷川工務店
右代表者代表取締役 長谷川湧士
右訴訟代理人弁護士 水上益雄
被告 株式会社中村製作所
右代表者代表取締役 中村勝彦
右訴訟代理人弁護士 渥美俊行
主文
被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一一月二一日以降完済まで年六分の割合による金員の支払いをせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は確定前に執行することができる。
事実
一 当事者の求める裁判
1 原告
主文第一、二項同旨。
仮執行の宣言。
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二 請求の原因
1 原告と被告は、いずれも株式会社であるところ、原告は被告から昭和四五年九月四日東京都墨田区業平二丁目五番三号所在の土地上に鉄筋三階建工場床面積二〇二・四五平方メートルの建物を建築することを請負い、代金は金一二〇〇万円とし、契約時に金四〇〇万円、上棟時に金四〇〇万円、完成引渡しのときに金四〇〇万円を各支払うべきことを約定した。
2 原告は右工事を昭和四六年四月二七日までに完成し、同日被告に引渡した。
3 被告は原告に対し代金のうち金一一〇〇万円を支払ったが、その余の支払いをしない。
4 よって、被告に対し右残代金一〇〇万円及びこれに対する弁済期後である昭和四六年一一月二一日以降完済まで商法所定の年六分の利率による遅延損害金の支払いを求める。
三 被告の答弁
1 請求原因1ないし3の事実は、原告が工事を完成したとの点を除き、すべて認める。
2 本件工事は未完成である。その詳細は別紙不完全工事目録記載のとおりである。したがって、残代金の弁済期は未だ到来していない。
3 かりに原告が本件工事を完成したとしても、本件工事には別紙不完全工事目録記載のとおり不完全な部分がある。そこで、被告は昭和四七年四月一〇日付準備書面をもって原告に対し右の瑕疵を二週間以内に修補することを催告した。
よって、被告は原告が右修補義務を履行するまで残代金の支払いを拒絶する。
4 かりに右の主張が理由がないとしても、原告の残代金債権は特約により消滅した。すなわち、
(一) 原・被告間に昭和四六年四月二七日次の約定が成立した。
(1) 原告は次の未完成部分の工事を次の各期限内に完成する。
イ 雨漏り箇所、正面向って左側ブロック面目地詰め、旋回グレン周り外壁コーキング及び外部亀裂の補修=一〇日以内。
ロ 外部(ベランダ)両樋、樋引三か所=一〇日以内。
ハ 一階製品庫、天井耐火構造仕上げ=着手後一〇日以内。
ニ 玄関廻りブロック塀、一本引戸(木製)=二〇日以内。
ホ 工場入口の大扉の調整及び把手取付け=一〇日以内。
ヘ 中二階排水口手直し=一〇日以内。
(2) 被告が右の工事を全部右約定期限内に完成したときは、被告は原告に対し残代金一〇〇万円を支払う。
(3) 原告が右(1)の各工事を履行しないときは、原告は被告に対する残代金一〇〇万円の請求権を放棄し、被告に対する違約損害賠償金の支払いに当てる。
(二) 原告は右(1)のロ、ハ、ニ、ヘの各工事を約定期限内に履行したが、同イ、ホの各工事については、各一部を履行したのみで、各約定期限内に全部の履行をしなかった。
(三) したがって、原告の残代金債権は右特約により放棄されたものである。
5 かりに以上の主張が認められないとしても、被告は原告に対し特約により本件残代金一〇〇万円の支払いを保留する権利を有する。すなわち、
(一) 本件建物の構造は、本件請負契約上も建築確認申請においても、鉄骨耐火構造とすることとされていた。
しかるに、原告が被告に引渡した本件建物は右の構造を備えていない。
(二) そこで、原告は被告に対し昭和四六年四月二七日次の事項を誓約した。
(1) 右違反建築が当局に発覚したときは、原告は被告になんら迷惑をかけないで処理する。
(2) 右の場合において、原告は、本件建物を耐火構造にする場合に要する工事費に相当する金額を未完成工事代金として被告が支払いを保留することを承認する。
(三) 右違反は昭和四九年三月二八日当局に露見したので、被告は本件建物を耐火構造にするための改造工事をする必要にせまられたところ、右工事費用は金一〇〇万円をこえるものである。
(四) よって、被告は右特約に基づき原告の本訴請求残代金の支払いを保留する。
四 被告の主張に対する原告の認否
1 被告主張の別紙不完全工事目録一ないし四、同八、同一〇ないし一二の各約定が存したことは否認する。
2 本件工事に隠れた瑕疵が存する旨の被告主張事実はすべて否認する。
3 被告の答弁4(一)の主張事実は認めるが、原告は被告主張の各修補工事を各期限内に全部履行したから、被告主張の残代金債権放棄の効果は発生しない。
4 被告の答弁5の(一)(二)の各事実は否認する。
(一) 本件請負工事の代金は、当初原告において鉄骨耐火構造とする設計のもとに代金一二三一万六二九〇円を計上したが、被告が予算の都合上値引を要請したので、本件請負契約の締結に際し、代金を金一二〇〇万円とする代りに二階及び三階の住居部分の内壁を設計図と異なる準防火構造とすることに止めることを合意した。右準防火構造部分は違反建築に該当するが、被告は、そのことを了承したうえで右の合意に達したにもかかわらず、右の合意が書面化されなかったことを奇貨として、右の合意を否認し、残代金の支払いを拒否するに至ったものである。
(二) 右の違反建築が墨田区建築課に発覚したのは、被告が本訴係属中に前記違反建築を申告したためである。
かりに被告主張の特約が存するとしても、右特約中の「発覚」は被告自らの申告による発覚までも含むと解すべきではない。
五 証拠≪省略≫
理由
一 原・被告間に昭和四五年九月四日原告主張の建築工事請負契約が成立したこと、原告がその工事にかかる建物を昭和四六年四月二七日被告に引渡したこと及び被告が右契約代金一二〇〇万円のうち金一一〇〇万円を支払いずみであることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告は本件建築工事を完成したと主張するのに対し、被告はその一部を否認し、別紙不完全工事目録のとおり未完成部分があると主張するので、先ずこの点につき判断する。
1 同目録一について
証人中村仲二(第一回)の証言中被告主張の特約が存した旨の証言部分は証人笹岡昭雄、同酒巻芳保の証言に比して措信し難く、他に右の特約の存在を認めるに足る証拠はない。また、被告主張部分の工事が設計に反してなされたことを認めるに足る証拠はない。
2 同二について
証人酒巻芳保の証言によれば、被告主張の補強板の設置は設計上要求されているにもかかわらず、本件工事においてはなされていないが、強度に影響がないため、設計者兼工事監理者である株式会社武蔵建築事務所の代表取締役酒巻芳保は右補強板の省略を追認したことが認められる。なお本件請負契約代金中における右補強板取付工事代金額を認めるに足る証拠はない。
3 同三について
リブの取付の約定に関する被告の主張事実については、証人中村仲二(第一回)の証言中右の主張に副う部分は証人笹岡昭雄、同酒巻芳保の各証言に比して措信し難く、かえって、右各証言によれば、被告主張の約定は存しなかったことを認めることができる。
右証人笹岡昭雄及び同酒巻芳保の各証言によれば、被告主張のとおり接合位置が設計とは異なる事実を認めうるが、同時に、右接合位置の相違は設計上許容される範囲内のものであるのみならず、原告は被告の了解のもとに右接合位置を変更したものであることを認めることができる。証人中村仲二(第一回)の証言中右の認定に反する部分は措信し難い。
4 同四について
証人中村仲二(第一回)の証言中被告主張の事前通告に関する特約が成立した旨の部分は、証人笹岡昭雄の証言に比して措信し難く、他に右の特約の成立を認めるに足る証拠はない。
また、証人酒巻芳保の証言によれば、鉄骨建築においてモルタル塗装に亀裂が生じるのは不可避の現象であることが認められるから、被告主張の亀裂の発生が原告の工事の債務不履行に因るものと断ずることはできない。
5 同五について
証人中村仲二(第一回)の証言によれば、被告主張の各部分に雨漏りが生じた事実を認めることができるが、証人笹岡昭雄の証言によれば、右の各雨漏りは昭和四六年四月二七日本件建物の引渡しがなされた当時には存しなかったものである事実を認めうるところ、証人酒巻芳保の証言によれば、その後原告において右各雨漏り部分の補修をした事実を認めることができる。
6 同六について
証人中村仲二(第一回)の証言によれば、本件建物の外壁の各所に亀裂が生じた事実を認めることができるが、鉄骨建物のモルタル塗装に亀裂の生じることが不可避であることは前記認定のとおりであるのみならず、証人酒巻芳保の証言によれば、本件建物の屋上及び外壁に生じた亀裂はすべて雨漏りのしない程度に補修ずみであることを認めることができる。
7 同七について
証人中村仲二(第一回)の証言によれば、被告の主張事実を認めることができる。しかし、かかる事実を理由として本件工事が未完成であるということはできない。
8 同八について
証人酒巻芳保の証言によれば、脱衣場兼洗濯場の床は設計上はモルタル塗りタイル張りとするものとされていたが、右は設計の過誤によるものであり、現実には床下の桁が邪魔になって右の工事をなしえないため、やむを得ず板張りとして施行されたものであることを認めることができる。そして、証人中村仲二(第一回)の証言によれば、本件工事の設計及び監理は被告が直接前記武蔵建築事務所に依頼してなされたものであることを認めることができる。したがって、原告が右の設計の過誤による責任を負ういわれはない。
また、証人酒巻芳保の証言によれば、被告主張の排水孔の設置は設計上要求されていなかった事実を認めることができ、他に被告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。
9 同九について
被告の主張事実を認めるに足る証拠はない。
10 同一〇について
証人中村仲二(第一回)の証言中被告の主張に副う部分は、証人笹岡昭雄、同酒巻芳保の各証言に比して措信し難く、かえって右各証人の証言によれば、二階西側和室に被告主張の戸棚を設置する約定は存しなかったことが認められる。
11 同一一について
証人酒巻芳保、同中村仲二(第一回)の各証言によれば、被告の主張事実を認めることができる。しかし、本件工事代金中における右モルタル塗装工事代金額を認めるに足る証拠はない。
12 同一二について
成立に争いのない甲第九号証(同甲第一号証はその一部)に証人酒巻芳保、同福原慎治の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、本件建物をその敷地に建築するためには法律上全耐火構造としなければならなかったため、被告は前記武蔵建築事務所に対し耐火構造とする設計を依頼し、その設計に基づく工事を原告に請負わせるべく、見積りをさせたところ、原告の見積り額は金一二三一万六二九〇円となったが、右の見積り額は被告の予算額を超えるものであった(証人中村仲二=第二回=の証言によれば、被告の当初予算額は金八〇〇万円であった。)ため、原告と被告とが折衝した結果、二階及び三階の壁を耐火構造とするためのリブラス張り、下地鉄筋付及びリブラス下地モルタル塗り各一一五平方メートルの工事を省略し、右の部分を準耐火構造である木工事で間に合わせること等により代金総額を金一二〇〇万円に減額することに合意したうえ、右の設計変更によっては建築確認を得ることができないため、建築確認申請及び本件請負契約書においては武蔵建築事務所の設計どおり全部耐火構造とする旨の表示をしたものであること並びに原告は右の合意に従って工事を完成したことを認めることができる。
証人中村仲二(第一、二回)の証言中右の認定に反する部分は前掲各証拠に比して措信し難く、他に右の認定を左右するに足る的確な証拠はない。
したがって、被告主張の未完成工事は存しないというべきである。
以上検討したところによれば、本件残代金の弁済期が到来していない旨の被告の主張は理由のないことは明らかである。
三 次に、被告は別紙不完全工事目録記載の瑕疵につき原告に対し修補を催告した旨主張する。
1 同目録七及び一一を除くその余の同目録記載の被告の主張が理由のないことは、前叙判示によって明らかであるが、前叙認定したところによれば、本件工事には同目録七及び一一記載の各瑕疵があるというべきである。
2 民法六三七条によれば、同法六三四条による修補請求権は仕事の目的物が引渡された時から一年内に行使することを要するものであるところ、本件建物が昭和四六年四月二七日被告に引渡されたことは当事者間に争いがなく、本件記録によれば、被告がその主張する修補請求を記載した準備書面は昭和四七年四月一〇日付で作成され、同日当裁判所に提出されているから、被告の修補請求は一見前記法定期間内になされたものの如くである。しかし、本件記録によれば、右同日の本件第三回口頭弁論期日は原告不出頭のため延期され、同年五月二九日当事者双方出頭の上開かれた本件第四回口頭弁論期日において、被告が前記準備書面を陳述したのであるが、その間前記準備書面が原告に送達されたことを認めるべき証拠はない(前記準備書面には、原告訴訟代理人による副本領収の受領印が押印されているが、受領日付の記載がない)。したがって、前記準備書面は右同年五月二九日の口頭弁論期日に原告訴訟代理人に交付されて即時被告によりその陳述がなされたものと認めるほかないから、右準備書面に記載された被告の修補請求は、前記一年の期間(除斥期間と解される。)の経過後になされたものであり、その効力を生ずるに由ないものといわなければならない。
四 次に、原告の残代金債権は特約により放棄された旨の被告の主張につき判断する。
1 昭和四六年四月二七日原・被告間に原告が被告主張のイないしへの工事を各約定期限内に完了しないときは原告は残代金一〇〇万円の請求権を失う旨の合意が成立したことは、当事者間に争いがない。
2 原告が被告主張のイないしへの各工事のうちロ、ハ、ニ、への各工事を各約定期限内に完了したことは当事者間に争いがなく、証人笹岡昭雄の証言により成立の真正を認めうる甲第二、第六号証及び同証人の証言によれば、右イのうち正面向って左側ブロック面目地つめは昭和四六年四月二七日、その余の工事は同年五月一日、それぞれ工事を完了し、それまでに生じた雨漏り部分の補修を終えたこと及び右ホの工事は同年四月三〇日完了したことを認めることができ、証人中村仲二の証言中右の認定に反する部分は右各証拠に比して措信し難く、他に右の認定を左右するに足る的確な証拠はない。
3 したがって、前記合意に基づく残代金消滅の効果は生じないものというべきであるから、被告の前記主張は理由がない。
五 最後に、残代金の支払いの保留に関する被告の主張について判断する。
1 法令上本件建物は全部耐火構造を備えることを要するものであり、契約書にも建築確認申請書にも右構造を備えることが明記されていたにもかかわらず、原告と被告との合意により、請負代金を減額するために本件建物の二階及び三階の部分は耐火構造とせず準防火構造とすることにとどめることとしたこと及び原告が右合意に従い本件工事を完成したことは、前記認定のとおりである。
2 成立に争いのない甲第一二号証及び乙第一号証の二、証人福原慎治の証言により成立の真正を認めうる甲第一一号証に証人酒巻芳保、同済藤茂、同福原慎治(一部)の各証言を総合すると、次の諸事実を認定することができ、成立に争いのない甲第一三号証並びに証人中村仲二(第一、二回)及び同福原慎治の各証言中この認定に反する部分は措信し難く、他に以下の認定を左右するに足る的確な証拠はない。
(一) 前記武蔵建設事務所の代表者である酒巻芳保は、被告が本件建物の引渡しを受けた後本件建物を検査し、前記準防火構造部分を発見したので、原告に対し設計どおり耐火構造にするよう指示したが、原告は、今更やり直すのは困難だから見逃してほしい旨を回答した。酒巻が右の経過を被告に報告したところ、被告は、原告との間の前記準防火構造に関する合意を秘して、酒巻に対し責任をとることを要求し、「後日公式に違反工事が判った時は、施主側に迷惑をおかけ致しません。其の責任を私が負います事を確約致します。尚、施主側に於て工事代金中より前記部分の差額相当分を未完成工事代金として支払保留されることを容認します」と記載した誓約書の文案を原告事務員に清書させ、日付を昭和四六年四月二七日に遡って記入させ、これを酒巻及び原告に示し、原告に対しては、連帯責任者として、それぞれ署名押印することを要求した。情を知らない酒巻はやむを得ず右誓約書に記名押印し、原告も、被告の無理難題に困惑しつつも、本件残代金の支払いを受けるためには本件契約に附随する別途追加工事代金五四万一五〇〇円の債権を右保留金に充てても致し方ないと観念し、その趣旨を被告に伝えた上で、右誓約書(乙第一号証の二)に原告代表者が記名押印をした。
(二) 被告は、本件建物の引渡しを受けた後前記準防火構造部分の存在を秘して建築確認を受けたが、原告から本訴請求を受けるや、当局に対し自ら違反建築であることを申告して調査を受け、その結果昭和四九年三月二八日前記違反が当局に発覚し(右発覚の事実は当事者間に争いがない。)、原告は一方的に東京都知事から被告との紛争の解決及び耐火被覆の完成を指示されるに至った。
3 証人中村仲二(第一、二回)の証言及び弁論の全趣旨によれば、右認定の被告の行為は、被告代表者の父である中村仲二が被告の代理人として行ったものであることを認めることができる。
4 右認定の諸事実のもとにおいては、前記誓約書記載の保留金は本件残代金に関するものではないのみならず、被告は自ら違法建築を原告に請負わせながら、自らその違法を当局に申告したうえ、本件残代金の支払義務を負うことを否定する抗弁を提出するものであって、かかる抗弁の提出は信義則に反し許されないものといわなければならない。
したがって、被告の前記主張もまた理由がない。
六 原告と被告がともに株式会社であることは、当事者間に争いがない。
七 以上判示したところによれば、被告は原告に対し本件請負契約代金の残金一〇〇万円及びこれに対する弁済期後である昭和四六年一一月二一日以降完済まで商法所定の年六分の利率による遅延損害金を支払う義務を負うことが明らかであるから、被告に対し右各金員の支払いを求める原告の請求は正当である。よって、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大和勇美)
<以下省略>